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反苑・往復書簡的寄稿ブログ

一闡提と谷居の二人による、「反苑の会」から派生した寄稿ブログです。(注:このブログは真如苑活動に対する過去の経験と、今後の自己防衛手段を考慮するためのものです。従って真如苑の活動を毀損・妨害する目的ではなく、また真如苑やその信者を追い込むこと、誹謗中傷することを目的とするものでもありません)

考察・真如苑

私が真如苑を脱会してから、3年以上が経過しました。
そんな私谷居が、脱会後から今までの時間が経過したことによって見えてきた真如苑の手口や、信者の心の有り様についてを考察し、まとめたものが、この12月の一ヶ月をかけて展開した『考察・真如苑』というまとめです。

そのまとめは、カテゴリーとして『考察・真如苑』で一括りとしておりますし、2011年12月の記事アーカイブとしても、まとめて見られるように考えて投稿しました。そしてまた、自らの整理の意味を込めて12月の投稿「考察・真如苑」の目次をまとめてみました。

投稿記事は、以下の見出しによって分けられています。

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序)まえがきに代えて

1)谷居のプロフィール
  ・プロフィール 1/4
  ・プロフィール 2/4
  ・プロフィール 3/4
  ・プロフィール 4/4

2)真如苑の手口
  ・真如苑の手口とは?
  ・『真如苑の活動はお金がかからない』という嘘
  ・『真如苑に結ばれるだけで救われる』という嘘
  ・『因縁の恐怖と徳積みの大切さ』という嘘
  ・『事象』という詭弁
  ・『在家の仏教』という嘘とは?
  ・『在家の仏教』という嘘-1
  ・『在家の仏教』という嘘-2
  ・『在家の仏教』という嘘-3
  ・数字のマジック

3)真如苑手口の嘘に気づくには?
  ・真如苑に“騙されていた”と明確に気づく時
  ・小出しで請求されるお金:接心修行
  ・小出しで請求されるお金:護摩/ 施餓鬼
  ・小出しで請求されるお金:イベント
  ・何もしてくれない・何もできない真如苑
  ・記録の重要性

4)真如苑を辞める恐怖
  ・真如苑を辞める恐怖とは?
  ・身口意の三業
  ・常住
  ・苑費の切れ目が、み力(救い)の切れ目
  ・信仰障害霊

終)あとがきに代えて

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まえがきに代えて

「考察・真如苑」の記事はyahoo知恵袋をきっかけとして、ある方から真如苑とは何か?という質問を頂戴し、その方への返信として綴った文章が元となっているものです。

その、真如苑に対する予備知識が全くない方へ向けて私は

・反苑の谷居とは、どういう人物なのか
・真如苑の手口とは何なのか?
・その手口における虚偽性に、信者は気づくことができるのか?

といったことを、理解してもらうためになるべく詳細にまとめようと試みたのです。

そして自分の経験上、真如苑信者とはここまで理解してもなお、真如苑を辞めることに対してある種の“恐怖心”を抱いているということを綴りました。

このようにまとめてみて、私にとってはやっと、真如苑に対する暗澹たる思いに一つの区切りをつけることができたのだと感じました。ですからその方に対して感謝の意を抱いております。

そしてせっかくまとめた事柄なので、自分に対するけじめというか、区切りの意味も含めて、どうしてもブログにまとめたくなり、こうして12月の一ヶ月間を使って纏め上げを試みたのです。「考察・真如苑」というカテゴリー、もしくは2011年12月の月間アーカイブで追っかければ、まえがきからあとがきまでを順を追って見ることができるようにと考え、まとめてみました。


身内やパートナー、あるいは恋人や友人が真如苑信者となってしまい、そこに深くのめりこんでしまったら、一般人からしてみればその信者に対して「何やってんだ?何言ってんだ?」という想いを、必ず抱くものなのです。

また私のように、かつて真如苑信者であって、その嘘と騙しの手口に気づいて信者を辞めていった人間からしてみれば、「自分は一体何をやっていたんだろう。一体どれだけの時間を無為に過ごしてしまったのだろう」というある種の後悔を抱くものなのだと思います。

今なお、熱心に真如苑活動を続ける私の元の経親、所属の人たち。そういった方々と、今は話す機会を私は全く持っていません。もし、その方々と話をすることがあれば、私はどうするのだろうかと自問してみます。
私は、そういった方々に対して自らは進んで話をすることはないのだろうと確信します。それでももし、相手から真如苑の話を持ちかけられたのならば、おそらく明確な理屈をもってそれを否定し、拒絶するでしょう。

でも、その方々が真如苑の虚偽性に気づくことは、そこの場では不可能であるという確信も、同時に抱えています。その確信は、シチュエーションが変わればある種の無力感となるものだと思うのです。
つまりそれは、自分にとって大切な人や、身内が、真如苑の篤信者で、その虚偽性に全く気づいてくれないというシチュエーションだとしたら?という状況です。


私が今後、“反・真如苑”を語る時には、この状況に対する答えを探さなくてはいけないのだと、やんわりと思っています。それは義務ではなく、命題ではなく。

いつまで経っても「真如苑なんてインチキなのだ」という言葉だけに終始するのではなく、ある種の無力感から脱して次のステップに進むためのものとして、そのように考えるのです。


お金に不自由していないのならば、それ(金銭)によって家族やパートナーに迷惑をかけないのであれば、真如苑の信仰をするのは、あくまでもその人の自由だと思います。
また時間に余裕があって、苑の奉仕活動に何の厭いもなく、他人に迷惑をかけずにできるのであれば、その人が真如苑の信仰をするのは、外部がとやかく言うものではないとも思います。

私が、真如苑信者に対して「いけないこと」だと思うのは

・お救け(勧誘)によって、本来は真如苑に触れずに済む他人を巻き込んでしまうこと
・真如苑だけが唯一無二で、ここにしか救いがないと信じること

の2点です。

そこには、人のエゴがむき出しになっている、醜い姿があるからです。

人は、人との関わりなしに生きていくことはできません。生まれ出る時がそうであるように、人は決して独りではないのです。

そうなのだとしたら、他人に対してエゴをむき出しにすることは、人としての本質から逸脱したことなのだと思うのです。

それが経済活動であるならば、欲しくないものは買わないとか、買ってみたけど自分にとっては不要だからこの次は要らないとか、選択権はあくまでも自分にあります。
けれども真如苑は被・勧誘者(子信者)に対して自由な選択権を与えようとしないのです。欲しい、欲しくないに関わらず強制的に買わせることと同じ事をやり、その相手に自由な選択権を与えることをまるで考えないのです。

その暴挙は、あくまでも“真如苑サイド”の都合で成立しているので、一体に信者は何の目的をもって真如苑の都合に踊らされているのかが、私には理解できないことなのです。

とはいえ、そこに気づくために私は15年以上の月日を費やしたのですが。。。


今後はもう少し、信者の方との距離を縮めていきたいのです。「考察・真如苑」としてまとめてみた結果として、これはその想いの“はじめの一歩”となるのだと考えています。


2012年から、また一闡提さんのお力をお借りしながら、そしてちょこっとだけタイトルを改訂して。そして、気持ちを新たにしてまた、ブログを綴ろうと思っております。


2011年 年末 谷居
まえがきに代えて


二伸(まえがきのあとがき):
一闡提さん、12月のわがままに快くお付き合いいただき、更には全ての投稿にコメントをいただきありがとうございます。また他にもコメントをいただいた皆様にも、改めて感謝申し上げます。

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谷居のプロフィール 1/4

私の真如苑との出会いは、今から25年以上前のことです。アルバイト先の社長が、真如苑の信者でした。
その社長は、重い病を患っており、何度も死の境界線を踏みながらも生きている人です。今も健在です。その社長にとっての真如苑は、“命”に直結した、無くてはならないものなのでしょう。今もなお、真如苑の信仰心にブレはないようです。

私は利害関係と人間関係が創価学会のネットワークで構成された会社に就職し、そこで創価学会のいい加減さ、攻撃性、排他性などを、嫌というほど味わいました。その時に「創価学会はダメな宗教。間違った宗教」という確固たる認識が、私の中に芽生えました。また私は学生時代に「中学校の同窓会幹事の集まりがあるから」と元のクラスメイトに誘われ、訪ねてみると霊友会の勧誘だったという経験を持っています。人を騙してまで勧誘するというスタイルに強烈な嫌悪感を抱き、霊友会もまた私の中では「ダメな宗教。間違った宗教」という位置づけになっていました。

私は、元々は無神論者でした。ご先祖様に対する畏敬の念は、「はるか昔のご先祖が、あの時に豆腐ではなくて魚を食べていたとしたら、たんぱく質の体内構成が変わってしまうのだから、私が今のこの形で、この世に生を受けることはなかったであろう」という意味における感謝でした。精子と卵子の結びつきが幾度も繰り返され、偶然とも必然とも言い切れない奇蹟のタイミングの果てしない繰り返しの上に、今の自分がいるという自覚は持っていました。

そんな無神論者の私でも、創価学会の熱にやられてしまったのだと思います。その会社がやっている創価学会よりも、真如苑の方が余程まともなものに思え、「宗教的な正しい知識を身につけたい」という動機で、自ら進んで入信しました。

真如苑の読経には「開経偈(かいきょうげ)」というものがあります。

無常甚深微妙の法は(むじょうじんじんみみょうのほうは)
百千万劫にも遭い遇うこと難し(ひゃくせんまんごうにもあいおうことかたし)
我れ今 見聞し受持することを得たり(われいま けんもんしじゅじすることをえたり)
願わくは如来の真実の義を解せん(ねがわくはにょらいのしんじつのぎをげせん)

私の、真如苑入信前の“宗教”に関する唯一の知識はPHPから出版されている「こころの座禅堂:松野宗純 著」に拠ります。上記の開経偈はその書物に記されていた原文そのままです。それは、真如苑のものとはディティールが異なります。どちらが正しいのかは、今の私には判りません。

このお経が含まれており、般若心経もあり、自分の全く知らないお経もあり、で、真如苑は宗教的にきちんとしているのだな、という認識が私の中に生まれました。

最初の帰苑の時。今思い起こすと、「直感」があったのですが、そういった“人の直感を曇らせる要因”が複合的に存在しており、私の直感は自分自身であっさりと封印させてしまいました。

最初に出てきた真如継主(しんにょけいしゅ)を一目見て、『何でこんな派手な格好をしなきゃいけないのかな』との思い。
次に、読経が始まってから『“南無真如一如大般涅槃経”というご賛題は、“南無妙法連華経”という創価学会のお題目と何がどう違うのだろうか?』という疑問。
読経の中での、南無の後に続く、教主一家への祈り。それに対する、信者の異常な執着的なありがたさの表現は、一体何なのか?という疑問。
教主のビデオ説法での、慇懃無礼な物言いは何なのか?という疑問。

それらは自分の中で、それなりの理由をつけて落ち着き、疑問符はそこで封印されました。
そして数度目の帰苑の後に受けた、最初の接心修行。「転ばぬ先の杖ですよ」と、教えを示されました。

私の自覚は、真如苑には“受け手”と“送り手”がいるということでした。接心修行においては、同じ信者でありながらも修行を重ねた“霊能者”がいて、それが“送り手”。一般信者は接心修行を受ける“受け手”。私にとっての真如苑は、自分が受け手であるという明確な自覚と、その受け手の立場で宗教を学んでいこうという意志でした。

入信後10年近くが経ち、ある日大きな事故に遭遇しました。九死に一生を得たという言葉通りの状況です。それまで、受け手として大して熱心でもなく真如苑に属していたにも関わらず、その事故の瞬間、死をも考えた時に、真如苑教主の肖像画が遠くの方から目の前に、ゆっくりと回転しながら迫ってきました。
何故、教主の顔だったのか。身近で支えてくれる家内ではなく、私を生み育ててくれた両親ではなく。その疑念をずっと抱えながら、さらに数年を過ごしていました。その間、「本当は死んでいた筈の命。生かされているあなたには、生かされている意味と使命がある。世のため人のため、世のお遣い人になりなさい」という暗示が、真如苑から私にかけられていました。

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谷居のプロフィール 2/4

3年前。私は人生でそれまでに味わったことのない、大きな大きな挫折という局面を迎えました。それまでも幾度か、大変な思いはしてきました。けれども今度ばかりは八方ふさがりでいかんともし難い。どうにもならない。どこにも出口すら見出せないという状況です。

その時に、私の心は真如苑の信仰に流れて行きました。水が、高いところから低いところへと流るるがごとく。どこにも見えない出口の光を、どこにも見出せないままに、ここならばその出口があるのではないかという想いとともに。

真如苑には、接心修行というものがあります。普段は月に最低一回、向上接心を受けるのですが、大きな局面を信者が迎えた時に「相談接心」や「鑑定接心」「特別相談接心」などがあります。相談接心で示されたものは、今考えると大したことではないのだと思います。けれどもその接心を終えた私の中では「霊能者になって世のお遣い人になる」という確信が満ちていました。

霊能者になるには、苑内でステップがあります。最初は“大乗(だいじょう)”と呼ばれる会座(えざ)に参座する。そこで大乗の地位を相承する。次に、“歓喜(かんぎ)”という地位。その後に“大歓喜(だいかんぎ)”という地位。そして大歓喜を相承すれば“霊能(れいのう)”の会座に参座し、そこでの接心修行で祈りが通れば霊能を相承。霊能者になれるのです。

それまで十数年、幾度となく接心で示されていた“会座には参座していますか?”という霊言での問いかけ。それに初めて心の底から取り組む気になりました。大乗への参座資格は、3世帯のお救け。けれども私は“勤労者”の申請をしていたので、1世帯で参座資格が得られます。

私は両親と、会社の同僚をお救けしました。これで2世帯のお救けです。本来は1世帯で会座への参座資格があるのですが、自分の中のけじめとして、どうしても3世帯にこだわりたかった。兄弟親戚、古くからの友人、インターネットサークルの知人。それら全ての人たちは、私にとってはお救けの対象者でした。

3世帯目のお救けは、けれどもどうにも上手くいかず、私は「とにかく、先ずは会座へ参座しよう」と、かなり都合よく解釈し、自分を納得させて、大乗会座への参座申請をしました。

私がお救けをした会社の同僚は、インターネットコミュニケーションを頻繁に行っている人でした。私はSNSや一般サイトなどで、「真如苑を批判するサイト」は当然あるだろうと思い、検索しました。同僚がそのサイトを見たとしても、そこに書かれている矛盾点や虚偽性、逆の意味での真如苑の正しさというものを説明することができるように、事前に知識をつけておこうという動機です。そしてその時に、「反苑の会」というサイトの存在を知ったのです。

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谷居のプロフィール 3/4

私は、インターネットのコミュニケーションには精通している自負があります。11年前から、自らインターネットサークルを立ち上げ、メーリングリスト、掲示板、オフ会など、様々なコミュニケーションを仕切っていました。
ですから、ネット上での書き込みの真贋について見極める目は肥えていると、自信を持っています。掲示板でのウソは、簡単に見抜ける自信を持っています。

私が閲覧した“反苑の会”。その掲示板に対して、私は動揺を隠せませんでした。
そこには、私のインターネット経験からすると明確に「本当のこと」として、真如苑による被害や横暴が書かれていたのです。私は、「もはや大所帯となってしまった真如苑には、不遜な信者がいても仕方がないだろう。でもココ(反苑の会)に書かれている出来事は、全体の10%くらいのことだろう。その位の確率で、不遜な人間というものは、どこの世界においてもいるものである」と考え、自らを納得させました。反苑の会は10%くらいの少数な出来事を、さも真如苑の全体像であるかのように流布しているサイト・・・。それが、私にとっての反苑の会でした。

当時の私は真如苑に対して真剣に取り組むことを立願していました。そして、やるからには絶対に霊能者になる。自分は、常に身奇麗でいるべきであると誓い、真剣に真如苑に取り組む。それが3年前の私の信念でした。

そこで私は、かつて自分の経親が行ったある行為をどうしても許容することができずにいました。それは “家庭集会”と呼ばれている、経親宅で行われる月一回のミーティングにおいて、経親が集まった子信者に対して物品の斡旋販売をしていた事です。

“梨下に冠を直さず” “瓜田で靴ヒモを直さず”。それは、私のポリシーです。梨の木の下で冠(帽子)を触れば、梨泥棒に間違えられる。スイカ畑で靴紐をなおせば、スイカ泥棒に間違えられる。ややこしい、まぎらわしいことはしない、というそれです。

家庭集会は、真如苑のための集まりです。その場において、真如苑とは関係のない内職をするという、経親の行為は、私にとっては真如苑の集会に対する冒涜なのです。けれども経親は「単に真如苑の仲間ということではなく、ご近所の友人でもある。家庭集会が終わったその後で、家庭内でお茶を飲みながら過ごす時間は真如苑の時間とは違うでしょ」といって、私の考え方を否定します。一方私は、「ご近所の友人に対して販売の斡旋をするのならば、真如苑の為に集まった時間でそれをするのは間違えている。だからその場は一端解散させて、たとえ同じ日であっても時間を改めて、『内職のための集まり』として再度時間を設けなければダメなのだ」と主張します。話は、全くの平行線でした。そして私は、自分が真如苑に対して真面目に取り組む限りにおいてはどうしても許せないこの行為を、部会長に直訴しました。

部会長の直訴を遠目に見ていた経親。後になって電話が我が家にかかってきました。
「一体何を話したんだ?何事もオープンに話さなければダメでしょ」というので、その許せない行為を直訴したことを伝えた途端に、経親の逆ギレが起こりました。
「アンタの考えは幼稚だ!」
「こっちは奇麗事だけでココまで来たんじゃないんだ!」
などなど、まるでヤクザと同じ恫喝に、私は電話口で辟易としました。

その逆ギレの有り様は、かつて私が「反苑の会」のサイトで見たものと、寸分違わぬものでした。その事に、私は強い衝撃を受けたのです。10%にも満たない出来事であろうと思っていた“真如苑の暗黒部分”。それが、今目の前で起きているという現実。10%どころではない。それは100%なのだろうか?

それでも尚、私は“真如苑”の下(もと)にある“宗教”を信じていました。
当時の心境を私は反苑の会で以下のように綴っています。

>私が訴えたのは、霊位の剥奪にもつながるような内容でしたから、
>脅しをいれてくるのも当然かと思います。
>後ろめたさがなければ、人を脅すようなことはしないと思うのですが、
> 何故自己を省みることなく、人を攻撃するような行動にでるのか。
>本当にやましくなければ、攻撃する必要などないのではないかと
>思うのです。だから、逆切れされた時に、「あぁ、この経はもうダメだ」
> と思いました。でも、仮に経を変えたとしても、
>変った先でまた同じようなことを繰り返さないとも限らないし。
>S親制度というものが、既に崩壊している制度だと思います。
>涅槃経に触れたことは、ありがたいことですし、
>信心の気持ちを少しでも持つことができたことは
>ありがたいことなのですが。


当座の私は、真如苑の“縦割り”というシステムに疑問を持ちながらも、涅槃経というありがたいお経に触れていたい。そして、霊能者になりたい。という想いを強く抱えていました。

そして、“真如苑”という体制そのものが誤りであったと結論付けた後も、上記の引用部分のように、涅槃経はありがたいお経だと、信じていたのです。

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