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反苑・往復書簡的寄稿ブログ

一闡提と谷居の二人による、「反苑の会」から派生した寄稿ブログです。(注:このブログは真如苑活動に対する過去の経験と、今後の自己防衛手段を考慮するためのものです。従って真如苑の活動を毀損・妨害する目的ではなく、また真如苑やその信者を追い込むこと、誹謗中傷することを目的とするものでもありません)

実は中身が無いことを知られたらまずい教え

信者は教えが批判されることに過敏となります。それは想定外なことを言われると答えられないからです。
そして教えの素晴らしさを分かりやすく伝えることができません。それは教え絶対の教団施設や集会でその気にさせられているだけだからです。
教えと世間とのギャップを越える時の思考があります。
教えを分からない人には「教えの分からない徳の低い人」、教えを辞めた人には「堕ちた人」とすることです。
信者が説明する教えは分からないし信者もまだ足りないし分かっていない。はぐらかしのようなやり取りしか見えません。
そんなはぐらかしが続きながら、信者は徳を積み、取り組みのためのカネ、ヒマ、社会的信用を削っていきます。
はぐらかしの教え。その裏にネズミ講型の取り組みが見え隠れしています。しかし信者は教え通りにもったいぶり、はぐらかすしかできません。〈一闡堤〉

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「行かない」「興味を示さない」「否定しない」

私が真如苑脱会者として信者と接するなかで、またネット掲示板に寄せられる悩みに対して出した三つの手法です。
「行かない」はコミットメントの一貫性に代表されるマインドコントロール手法にかからないためです。行くことが既成事実となり、その後も行くことが求められます。教団施設内では複数のマインドコントロール手法が施されます。
「興味を示さない」は「教えに何かある」と信者に思わせたり、勧誘された本人が信者の不思議を思わせる勧誘手法にかからないためだったり、勧誘行為を続けさせないためです。
「否定しない」は信者に逆ギレされて関係をこれ以上崩さないためでもありますが、信者が逆ギレすることで、教えの外の世界である世間での居場所をなくすことで信者が教え寄りにならないためです。
秘密主義の密教と称して手口や目的を隠しながら信者は勧誘しなければ救われない教えを信じています。
そのような危険が忍び寄っても適切に対処できる知識や手法を共有したり確立したりしましょう。〈一闡堤〉

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調和について考えました

「真如苑は摂受の教え」という考えが、信者時代の私の根幹にありました。それは、「創価学会とは違ってすばらしい教えである」という確信と安堵を伴ったものでした。

創価学会については私はその活動(信仰)を直接に行ってはいないので、詳細を解説することはできません。ただ、以前私の周囲に居た創価信者の言動を見ていて厳然と理解できることは「創価とは修羅の気持ちを醸成する活動である」という確信です。
創価信者は“戦い”という言葉が大好きで、好戦的ですらあります。創価はその活動(信仰)を解説する場合には、他の宗教活動を徹底的に否定し、論破します。自らの正しさを誇示するのです。そして、勧誘行為は“折伏”と呼ばれています。理論で武装し、その論拠に基づいて能動的に活動するのが創価の信仰だと分析することができます。

一方、真如苑の活動はその対極にあります。それは恐らく、創始者が創価を含めた既存新興宗教を分析し、“それよりも優れたもの”として信者にプレゼンテーションするために、結果として創価の対極になったのだと思われるのです。

真如苑は“摂受”により、対象物を論破するのではなく(実際はそれとはかけ離れた実態がありますが、それは置いておくとして)包容力で示すことをテーマとしています。他の宗教活動を否定する場合には、それを論破するのではなく、対象者を「真如苑に歩ませる」という“体解(たいげ)”をもって誇示します。密教という提示により、理論武装をするのではなく“感覚的なもの・やらなければ理解できないもの”を身に纏(まと)うのです。つまり理論的な論拠はそこにはなく、あくまでも“感覚”として体感するものとなっているのです。

好戦的な創価学会を『バリバリのタカ派』と位置づけるならば、真如苑のそれは『タカ派の鳩』といえるのではないでしょうか。『ハト派の振舞いをしているタカ派』と言い換えることも可能なものです。

表面上、便宜上、創価学会を“タカ派”とし、真如苑を“ハト派”とするならば、それはどちらもアンバランスな状況であると言えます。

戦う一方では、相手が嫌悪感を抱くことは間違いありません。「自分が自分が!」と、相手を押しのけてでも進む姿というのは、決して褒められるものではないのです。ですから時として相手を許容するだけの包容力や優しさを持つことは、人として必要なことであると私は確信しています。
とはいえそれが「他がために」と相手ばかりを立てていても、結局の所自分が何事も成すことはできないのです。他人を優先してばかりでは、自分の事が叶う訳はありません。時には「自分が!」と進むことがなくては、物事が一歩も進まないというのも、これまた自明のことだと思います。

それらのバランスを、最善のポイント(重心)に置くことが「調和」だと私は思います。

“信仰”に対して非信者が理解を示してくれない時。非信者を論破して自らの信仰の正しさを誇示することには、「調和」の欠片もないことです。そして逆の意味で同じように、非信者の無理解を「信仰障害霊」や「自らの信心の覚悟が足りない(相手は鏡という概念)」または「祈りを運べば何時かは解ってくれる」などといって何の説明もせずひたすら祈ることも、これまた「調和」の欠片もないことなのです。創価学会とは逆の意味で、真如苑信者は同じことをやっているのです。

創価学会もそうですが、真如苑の活動(信仰)も、決して調和が取れているものではないのです。

「他の宗教より優れている」という考えは、調和が取れていません。「他の宗教も素晴らしいものがある。たとえば▲▲教は、●●の点においてとても優れている。でも真如苑の宗教は×××という特性があり、その特性は真如苑にしかないものである」というのであれば、そこには見事な調和が見られます。
「真如苑だけが唯一無二」という考えは、「真如苑が他の宗教よりも優れている」という『自分が一番』を誇示する下品な考え方です。真如苑は表面上はキリスト教と縁があるとか、何某寺とのネットワークがあるなどと、他宗教との綿密な連携を発表しますが、それでも最後には「真如苑だけが唯一無二」と、言い切るのです。その“唯一無二”という考えは、絶対的な排他性を伴っているのです。

“唯一無二”だけに焦点を絞れば、それは人は誰しも唯一無二なのです。ですから言葉としての「真如苑は唯一無二」という状態は、間違ったことではありません。創価学会は真如苑ではないのです。霊友会も、幸福の科学も、それらは真如苑とは違うのですから、それらも等しく唯一無二です。「創価学会は唯一無二」であり「霊友会は唯一無二」でもあるのです。決して、「真如苑“だけ”が唯一無二」ではないのです。
それらの唯一無二を認めた上で、真如苑も唯一無二であるというのでしたら、それは調和が取れた秀逸な考え方ということになりますが、残念ながら真如苑はそうではないと言っているのです。

「あっちの水は苦いですよ。こっちの水だけに本当の救いがありますよ」という言葉は、信用に値する言葉ではないのです。「あっちの水にもあっちの水の良さがあり、こっちの水にはあっちにない特性がある。どちらがあなたの好みかは、あなた自身が決めることです。こちらは、こっちの水を用意してお待ちしております」というのであれば、まぁ信用してもいいでしょう。
<谷居>

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バーゲンセールの後…

以前に寒修行・中願での『いつでも接心修行』について、“み力バーゲンセール開催中”という記事を展開しました。
さながらバーゲンセールの様相を呈していた『いつでも接心修行』ですが、商売の“イロハ”に忠実な展開がその後に起こったものですから、私の洞察(バーゲンセールと同様と感じたこと)は間違えではないという確信を得ました。

その展開とは、『霊祖生誕百年 真如立教記念・真澄寺奥の院護摩供』の開催です。奇しくも真如苑自らが“大護摩”と位置づけたそのイベントは2月の8日に開催されたようです。

バーゲンセールでハードルを下げ、疎遠になっていた信者を再び寄せ集める
 ↓
大護摩の集金額を増やす

という展開はまさに“企業努力”といえるものであり、『寒修行』を一つの媒体として、集客と集金とを計画的に行っているという“企業戦略”を垣間見ることができるものです。

残念ながら、その企業戦略を事前に俯瞰的に捉えることができないものですから、どうしても後追いでそれらを分析することになってしまいます。

真如苑は、“チラ見せ”が得意中の得意であるのです。そのチラリと見せた先にあるものは、狡猾な計画性です。今年は霊祖生誕100年を一つの節目として、疎遠になった信者を再び刈り込むことが計画されているのでしょう。俯瞰的に捉えれば、今年の展開そのものが“チラ見せ”であると思うのです。ですから、今年の手練手管で疎遠信者を刈り込み、在来の信者を拘束させることが、来年以降どのように展開されていくかが、警戒心と共に興味を持つ出来事になります。
<谷居>

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真如苑的プロパガンダ・その3

産経新聞の、2012年1月30日の記事。私は、その記事を読んで強い衝撃をうけました。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120130/art12013007310001-n1.htm
いつしかデッドリンクになると思いますので、全文を勝手ではありますが引用掲載いたします。

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断ち切れないもの:寄稿 田中慎弥さん 芥川賞に決まって

今回、芥川賞をもらうことになった「共喰(ぐ)い」という作品を私が書き始めたのは、丁度去年の今頃だったと思うが、東日本大震災が起こる前かあとかは覚えていない。月刊誌に連載を持っていてそちらへ大きな力を振り向けていたため、別のものを並行して書くことが可能だろうかと不安を感じていた。担当編集者に無理を言って待ってもらい、それでものろのろと書き始め、一方で連載にも追われる、ということをやっていた。

 地震と津波の映像をテレビで見た。驚いたが、映画のようだとは思わなかった。かといってその圧倒的な出来事の実感を肌身に受けたわけでは、勿論ない。私は山口県に住んでいる。直接的な被害はない。だが、海は近い。なのに、やはり実感はない。

 次の日からは、時々テレビを見て、あとは仕事をする、という状態になった。画面に見入る時の気持ちはどのようなものであったか。東北がどうなっているかを、見守る? 心配する? しかし東北に親族はいないのだから切実ではない。それなら、いつか自分の身に起こるかもしれない、という危機感に駆られていた? 実感がないのだからこれもやはり違う気がする。

 どのような理由をつけてみても、西日本から動かないまま報道に接するだけという姿勢は、結局自分が一番大事ということの表れ。政治家やマスコミ、芸能人、そして作家たちも被災地に入った。私は動かず、ものになるのかどうか分からない小説の仕事をし続けた。自分のことだけを考え、他のことをほとんど頭に入れずに、虚構の世界を作り上げていった。罪悪感は特になかった。毎日を徹底して身勝手に過ごし、自分の作品に対してのみ謙虚だった。世の中の動きと全く関係のないところで、自分のためだけに懸命に仕事をし、やめようと思わず、むしろのめり込んだ。喜びでさえあった。震災が起こらなくてもきっと同様だった。あの大震災は私の仕事にほとんどなんの変化ももたらさなかった。

 「共喰い」には川が出てくる。ある年の夏、その川は雨に恵まれず、日差しに攻められ、やがて一気に水量が増す、という展開となる。道路にまで水が溢(あふ)れるというのは、特に津波を意識したものではない。また、父子、母子、夫婦、という人間関係を中心に描いたが、当然ながら、絆、という日本中に流通した言葉を踏まえたわけではない。もしこの小説の中に絆があるとすれば、断ち切りたくても断ち切れないもの、やっかいなものとして描いてあると思う。

 震災からもうすぐ1年だが、被災者たちがどのような心境なのか、私にはわからない。絆という言葉をよすがに生きているとして、それを非難はしない。自分一人が、ではなく多くの人が幸せになれば一番いい。

 私は自分の今と将来だけしか頭にない。周りのものが見えてくると、書けなくなってしまうかもしれない。それとも、これまでにない作品が生まれるだろうか。


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私はまだ田中慎弥氏の作品を読んだことはなく、氏の思想に触れたのはこの記事が初めてでした。私は、ここに綴られていることは、物書きとして文章を生業としている人ならではの、的確な心理描写だと思います。ただ一つ、私の思惑とは合致しないのは、文末に綴られていることだけです。「それとも、これまでにない作品が生まれるだろうか。」という一文に、私個人としては物書き特有の“自己宣伝”を嗅ぎとってしまいます。せっかくの素晴らしい思想なのですが、それは基本的には“「共喰い」が芥川賞に決まったことを受けて”という内容ですから、当然のこととして「共喰い」の次の作品への期待感を煽らなければいけないわけです。ですから「生まれるだろうか。」という締めくくりは、寄稿のコンセプトとしては問題ない---という事は、一応理解はしているつもりです。

その部分は置いておくとして、私が感銘を受けたのは『今回の震災を、どこかしら他人事として捉えている人間』という描写です。日本人全員が被災したわけではないのですから、至極当然だと思います。その根幹を考えれば、私が著名人や芸能人の訃報記事を読んでも全くの他人事だと思うことや、隣家の葬儀があっても自分の生活に何の影響も及ぼさないと感じることに、通じている気がするのです。

私は20歳の時に高校の同級生が亡くなり、その葬儀に出たことがあります。亡くなった彼は高校時代の3年間はバンド仲間として常に一緒にいた人です。卒業して、お互いの道を進んでからは疎遠になり、当時は携帯やパソコンもない時代ですからメールなどでコミュニケーションをとっていたわけでもなく、2年以上交流のない状態で聞いた訃報でした。
その当時に参列した葬儀においては、成人式で地元で高校の同級生に会うこととは置かれている環境が全く違いますが、立ち位置は同じようなものでした。ほとんどの誰もが3年振りに会う人ばかりであり、葬儀の列に並んだ人で、亡くなった彼とその時点で親しくしていた人は僅か数人という状態でした。
私はそこで、かつての同級生である女子が泣いていたのを見て、強い違和感を覚えていました。その女子は、亡くなった彼と交流があったわけでもなく、交際していたわけでもありません。グループ分けを敢えてするならば、むしろ全く交流がない者同士という関係でした。ですから泣いている理由が、20歳の私には理解できなかったのです。それは今もって、理由を探ることはできるとしても、やはり“理解”することはできない心境なのです。
そういう部分においては、私は冷徹な人間なのかもしれません。けれども、そこで泣いていたからといって、明日になればその彼女の生活が何か変わるわけではないのだと思います。精神的な支柱でもなく、日常での関わりもなく、それはただの昔の知り合いなだけなのですから、そこで泣くことは単なる“感傷”でしかないと思うのです。
けれども私もまた、その感傷を失礼だと思える立場ではなく、彼の葬儀に出た帰り道には、また元の普通の生活に戻るだけの人間でした。“死”という絶対的な終末をもってして、それで生活が一変してしまう人たち(彼の両親や、周囲の仲間、恋人など)もいれば、葬儀が終わった後にはそれまでと何一つ変わらない生活を送る人たちもいるという状況。そこに私が感じるのは、無力感に似たものでしたが、それを感じることによって何かが変わるわけでも、やはりなかったのです。

今回の震災においても、その前後で何も変わらない人がいるのは、これまた至極当然なことだと思います。日本人全員が被災したわけではないのです。それは、私のように関東地区に住む人間にしてみても、震災直後の街の喧騒を抜けて仕事を進めることに苦労したり、数日間市場から枯渇したガソリンや食品の手配に四苦八苦したりと、その程度の苦労をしただけで、後は自分の生活を回していくのがやっとのことであるという人も、実に多いのだろうという確信です。突き詰めれば私にとっては「つながろうニッポン」とか「絆」、「頑張ろう東北」というスローガンは何ももたらさないものなのです。その事が罪悪なのか、はたまた現実で仕方ないことであったのか、その明確な答えに窮していた私にとって、前述の寄稿は実に衝撃的なものだったのです。

私は、「真如苑が震災を狡猾に利用している」という記事を幾度か記載しました。その記事を書きながら、「逆の意味で震災を利用しているのは、自分自身なのではないか?」という自問を繰り返していました。けれども、今回私は確信をもって、「真如苑が震災を悪用している」と言えるだけの論拠を得る事ができました。

昨年の東日本大震災は、日本人全員に、平等に降りかかっていることではないのです。そしてその対応も、全ての人がボランティアや義援をできる状況ではないということは、やはり厳然たる事実なのだと思います。

震災の直後から、「×××をやっている場合か?」と自問した人は大勢いらっしゃると思います。芸術や芸能関係、スポーツで生計を立てているプロスポーツ選手などは、ある意味デフォルメされたその典型でしょう。けれどもその「×××」が、生活の生業そのもの、本業であるのならば「×××をやっている場合でよい」のだと思います。むしろ生業を続けることこそが、唯一の正解なのだと私は思います。

ですから真如苑も、“サーブ”などと悠長なボランティア活動をやっている場合ではなかったのだと思います。少しでも早く、一人でも多くの人に「救いの力」をもたらせてあげることこそが、真如苑のやるべきことなのだと思うのです。震災という理不尽を取り除いてあげるための、抜苦代受や因縁切りの活動をやることを。

けれども、震災直後の彼の地に出向いて「真如苑に結ばれていれば、救われます」などとは、さすがに言えなかったでしょう。だからこそ「先ずはボランティア」ということで、サーブが出向いたのだと思います。でも、本当に「救いの力」というものが真如苑にあるのならば、震災が起こった後になってから義援だのボランティアだのと、そんな悠長なことを言ってないで、最初から救いの力を発動させていればよかったのだと思います。

そもそも人足としてのボランティア活動であれば、それは何も『真如苑の看板』を背負うことではないのです。ですから『サーブ』という呼称は、“人助け”に繋がる利他的な活動をシンボライズさせるためのデフォルメでしかありません。本当の利他行ならば、真如苑の看板など背負わずに黙々とやればよいだけのことであり、しかもその利他行(ボランティア活動)は本来の真如苑の生業からしてみても、それとは遥かにかけ離れてることなのです。
ですから、“『サーブ』としてボランティア活動をしています”という出来事に、私はプロパガンダを感じ取ります。「×××をやっている場合か?」という自問があるのだとしたら、それは真如苑にとっては「ボランティアをやっている場合か?」ということなのです。そんな悠長なことをしていないで、一人でも多くの人を、自らの生業をもって救いだせと言いたいのです。

ただ、そんなことはできるはずがないのです。震災を事前に軽くさせたり(大事が小事)はできないのです。ましてや、抜苦代受の発動においては「事前に救い出してあげること」などは、絶対にできない事なのです。

後になって、結果が出てしまったその後ならば、誰にでも、幾らでも、「救いの力」などは何とでも言えることなのです。それを事前に示すことができないという厳然たる事実が、「真如霊界から、何でもお見通し」という言葉が嘘であることの証明となっているのです。<谷居>

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