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反苑・往復書簡的寄稿ブログ

一闡提と谷居の二人による、「反苑の会」から派生した寄稿ブログです。(注:このブログは真如苑活動に対する過去の経験と、今後の自己防衛手段を考慮するためのものです。従って真如苑の活動を毀損・妨害する目的ではなく、また真如苑やその信者を追い込むこと、誹謗中傷することを目的とするものでもありません)

不安を煽るのが破壊的カルトの要素

~一闡提~ 2010/10/20 05:29

「救われますよ」「幸せになれますよ」「新興宗教ではありませんよ」とお寺と言われるところに連れて行かれ、「私はこんなに救われた。」という話を聞かされます。
それは集団の中で不幸な話を聞いて、「(その人と比べて)自分はまだこんなに幸福ではないか。これくらいで済んでいるではないか。」と思わされる手法「知覚のコントラスト」です。「暗いところから急に明るいところに行くと、更に明るく見える」ということに例えられます。
そこでは不幸の原因を示されて、その不幸から逃れる為には「ここでしかない(希少性の法則)」取り組みをした結果、良くなったと思っている人のコメントが意図的に使われます。
更には「この教えに取り組まないとどうなるか分からない。」と不安を煽る結果となります。
そうした不安を煽るシステムでは「安心できるお寺」に行かなければならない心理にさせ、集会、法要、接心などの修行では日常のあらゆる不幸の原因を目に見えない霊・因縁による不幸であるかのように不安が煽られる状況にさせられます。
また、カルト特有の行動、思考、感情、情報がそこではコントロールされ、教えを否定する存在は「何も分からないのにただ批判ばかりして、幸福への取り組みを邪魔する悪魔的存在」となります。
脱会者や教えの目的を分かった人は「堕ちた人」として信者から引き離すことで「情報のコントロール」をしようとします。
信者は「それは違う」「あなたは分かっていない」「あなたも今に分かる」などとその場しのぎの事を言いますが、不安を煽られている故の言動であり、ノルマである勧誘をするときには「不安を煽る言動」が必ずあります。
信者間での教化でも「不安を煽る要素」が必ずあります。
安心を与えるはずの宗教の中で「不安を煽る要素」が存在するのは破壊的カルトの要素があるとして警戒する必要があります。
表向きの宣伝を聞いても一歩引き、話の中で「不安を煽る要素が無いか」を立ち止まって考えることが大事です。これは鉄則としても良いのではないでしょうか。

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