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反苑・往復書簡的寄稿ブログ

一闡提と谷居の二人による、「反苑の会」から派生した寄稿ブログです。(注:このブログは真如苑活動に対する過去の経験と、今後の自己防衛手段を考慮するためのものです。従って真如苑の活動を毀損・妨害する目的ではなく、また真如苑やその信者を追い込むこと、誹謗中傷することを目的とするものでもありません)

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教えに動じないこと

~一闡提~ 2011/05/29 23:03



何か含みを持たせて「教えには何かある」と思わせながら勧誘する信者は、同様な方法で信者自らも導かれました。
誘わなければならない宗教自体怪しむべきですが、集団の中に連れて行かれたり、熱意をもって話をされると、「何かあるのかもしれない。」と思ってしまうこともあります。
しかし、それは間違いです。仏教だといわれても、最高の教えといわれても、行き着く取り組みは勧誘です。
苑歌といわれる俳句に「歓喜積み お救けこそは 積み磨き 奉仕は磨く 徳と知れ人」という句があります。
歓喜は献金です。お救(たす)けは勧誘です。奉仕は簡単にいうと教団支部本部のお掃除です。
積む、磨くなどの取り組みの言葉がありますが、お救けは「積み磨き」とあり、「二倍の精進である」とある程度マインドコントロールの進んだ信者に教化されています。
その域まで達した人には、ネズミ講型の取り組みであることを気づく余地が無くなるほど心理的操作がされているのです。
勧誘されても「行かず」「否定せず」「興味を示さず」その「行き着くところは勧誘」を意識していれば、霊などのスピリチュアルなことを言われても動じることはありません。
信者は宗教の力という劣悪商品をつかまされ、それを複数の人につかませなければならないネズミ講にはまっているのですから。
そう考えればなにも怖くないのです。

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