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反苑・往復書簡的寄稿ブログ

一闡提と谷居の二人による、「反苑の会」から派生した寄稿ブログです。(注:このブログは真如苑活動に対する過去の経験と、今後の自己防衛手段を考慮するためのものです。従って真如苑の活動を毀損・妨害する目的ではなく、また真如苑やその信者を追い込むこと、誹謗中傷することを目的とするものでもありません)

匿名返信 Kさんへ

谷居です。

非公開でコメントをいただきました。
匿名のままで、返信差し上げたいと思います。


Kさん

真如苑は恐怖心を煽り、それを植え付ける事で、信者に依存させるように仕向けています。
ですから、あなたが今感じている「やめたら何か良くない事が起こるかも」という気持ちは、私は痛切に理解できます。
けれども、人生良いこともあれば悪い事もあります。真如苑を辞めたからといって「何も起こらないか?」と訊かれれば、「少なくとも真如苑のたたりのせいで起きる悪いことはない」と言えるでしょう。決して「悪いことなど起こらないですよ」などとは言えるものではありません。
けれども真如苑は、信者の身に降りかかる災い事を、真如霊界から見据えて「人間の都合ではなく、如来に則って」という設定で、消徐してくれると言います。

ただしそれには条件が幾つもあり、それらの条件は後から後から、増えていくばかりであり、その条件をクリアして行き着く先は「霊能者になり、世のお遣え人になる」というものになるのです。

「世のお遣え人」とは語感の響きは良いですが、その実態とは何のことはなく、真如苑の都合のままに日々を過ごす事を強要されるに過ぎません。

霊能者になれば救われると思い、懸命に修行する信者たち。その身に不幸が降りかかっても「霊能者にさえなれれば」という希望の下、日々の苦難を乗り越える事ができます。
霊能者になった信者にも、不幸は降りかかります。でも霊能者には真如の力が働き、必ずやこの苦難は乗り越えられると確信し、日々を懸命に過ごして乗り越えて行くでしょう。

それらを俯瞰で見てみれば、「真如苑をやっててもやらなくても同じ事」だと解ると思います。

私は、お袈裟やバッヂ、寝転んだ仏像の写真などは、それぞれ分別してゴミに捨てました。教書関係などの書物は、参考資料としてとってありますが、内外時報(当時はその名前です)と歓喜世界は資源ゴミにしました。

所詮詐欺的団体の、いい加減なマテリアルですから、ただのゴミとして問題ないレベルです。


信者を辞めるには、苑に出向かなくても苑費を払わなければ何年かで自動的に消滅します。あなたが苑に出向いて、諸々の手続きを通じて除籍しても、その事はあなたの経親に知れ渡りますし、除籍されても名簿は残るらしいので、手続きの手間だけ無駄だと私は思います。

私は所属が3人、そして種まき相手が何人かいましたが「今まで真如苑に騙されていました。すみません」と、全員に頭を下げました。


あなたの経は、あなたやあなたの所属を「堕ちた人」として隔離するでしょう。
もしかしたら最初のうちは、信仰障害霊だの、因縁のままの人生を歩む事になるなどと脅しを入れてくるかもしれませんが、そこは毅然としてご自身を保ってください。

かつての私の経親などは、その人の子供が事業に失敗したり、はたまた会社をクビになったりと、ハッキリ言ってろくなものではありませんでした。事業の失敗を穴埋めするために、お金の苦労も相当している様子でした。けれどもそういった自分たちの苦難を真如苑の親苑の改修工事になぞらえて「今は掘り起こしの時だから、色々な問題が噴出する」と言い訳のような事を言ってました。

苦難は誰にでも訪れますし、それを乗り越えることも誰にでもできる事なのです。それは、真如苑などとは全く以て関係ない出来事であると確信しています。


時には、人の生き死ににまで影響を与えると教徒に錯覚させることで、真如苑は少額のお金を継続的に搾取し続けます。その手法はマインドコントロールそのものであり、非常に悪質なものです。

『常住』という観念で、苑施設から離れた信者をコントロールします。
『意業』という観念で、真如苑に対して僅かな疑問を抱くことも制限させています。

どうか、真如苑の手口を冷静に分析なさって、これ以上傷口を広げないようにしてください。

私は、真如苑をやめてから三年かかってようやくまともな生活のスタートラインに立つことができました。これからが、本当の人生の始まりで、山あり谷ありの人生だと思っていますが、他力本願ではなく、地道にやっていこうと心に決めています。


自分自身、20年近く時間とお金を割いていた真如苑活動に後悔がないかといえば、それはあるのでしょうけれども、もうそういう風には考えないことにしています。
今はただ、自分の恥を世に晒してでも、悪辣な真如苑のやり口に騙される人が減ることを願っているだけです。


以前にも記事にしたのですが、真如苑はこれからますます、活動のハードルが低くなって行くことでしょう。それは「キヨーシュサマのミココロ」とか何とか、適当なそれらしい理由をつけて教徒に告げられていくことになると思います。今はネットの普及により、簡単便利に、そしてタダで様々な情報を得ることができる時代です。もちろんその情報は玉石混合であり、取捨選択の確かな眼力が各々に求められるものなのですが、そういった風潮の中において難解な教義を説いてみても、厳しい修行を強いてみても、教徒はそこでネットのコミュニケーションでもって最初に回答を得ようと試みる時代なのです。
そして、そのネット上では今まで苦汁を舐めさせられていた元信者や、苑の被害を受けている人たちが、確かな情報を発信しており、その情報に触れることであなたのように疑問が確信へと変わっていくことになるのです。
私も、そのようにして目覚めることができたラッキーな人間です。ですからせめて、このようにして自らの恥を晒すことで、情報発信をしているに過ぎません。

そのような中、ブログに共感いただけたことは素直にうれしく思っています。

どうか、ご自分の直感を大切になさってください。そして安っぽい脅しに屈することなく、毅然と過ごしてください。「これって、真如苑を辞めたせい?」と、悪いことが起きた時にあてはめてしまったら、それがあなたの中の確信に変わってしまうでしょう。けれども私が見聞きする限りにおいて、真如苑を辞めて不幸になったという話しはありません。むしろ逆でスッキリと過ごせるようになったと聞きます。そして何より私自身、そのように思っているのです。

信者は、真如苑活動をよすがとすることで自浄するのかもしれません。それはそれで、私ごときがとやかく言うことではないと思っています。許せないのは、そのよすがに無関係な他人を巻き込もうとすることです。それは、あなたがあなたの所属に対して行ったことであり、私も同様に、3人の人に対して犯した罪なのです。

<谷居>

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