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反苑・往復書簡的寄稿ブログ

一闡提と谷居の二人による、「反苑の会」から派生した寄稿ブログです。(注:このブログは真如苑活動に対する過去の経験と、今後の自己防衛手段を考慮するためのものです。従って真如苑の活動を毀損・妨害する目的ではなく、また真如苑やその信者を追い込むこと、誹謗中傷することを目的とするものでもありません)

教えを軽くあしらえる自分

この教えは自分の心が弱っているときに信者をして教えに取り込もうとさせられます。
そして「現在の不幸が救われない霊のせい」であると示し、それらにリアリティをもってしまい、真如苑の取り組みだけでしか救われないと思わされてしまうと危険です。
その前に、「行き着くところは勧誘」と割り切って、なおかつ信者に教えの否定を言うと信者に切れられるので、平行線のスタンスでいればいいのです。
「何かある」と思わせておいて、「行き着くところは勧誘」なのです。その理解で問題ありません。
信者が「何かある」と思わせていろいろと聞き出そうとしますが、信者が「お寺」と言われる場所に行こう、と言い出すとこの教えのつけ込む何かに信者が気づいたといえます。
それは、真如苑の示す救われない霊とあなたの不幸とを絡められる可能性です。
「一度くらいなら。」と社会的な上下関係などの縛りによって心が動いてしまうかもしれません。必要ならば行かなければならないでしょう。
でも大丈夫です。この教えの手口さえ知ってしまえば、いくら誘われても対処できます。「行かない」「興味を示さない」「否定しない」ことと、自分の不幸の話を極力伝えないことです。
何か不安にさせられても「何もない」と軽くあしらうことです。〈一闡堤〉

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