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反苑・往復書簡的寄稿ブログ

一闡提と谷居の二人による、「反苑の会」から派生した寄稿ブログです。(注:このブログは真如苑活動に対する過去の経験と、今後の自己防衛手段を考慮するためのものです。従って真如苑の活動を毀損・妨害する目的ではなく、また真如苑やその信者を追い込むこと、誹謗中傷することを目的とするものでもありません)

RE:選民意識

~ 谷居 ~  2010/11/13 00:00



選民意識は信者時代の私の中にも、確実に根付いていました。信者の思考ルーチンは大よそ同じ所を辿るようだと改めて思いましたが、一闡提さんの記事と似ている感覚です。

キーワードは「頼られている」「世のお遣え人」「円満なるリーダー」「使命感」と、ここら辺りがその中心になるようです。

・●●のご先祖が、この尊い教えに結ばれたアナタを頼っています
・「怒らない」「怒らせない」「責めない」を貫いて霊能者となり、世のお遣え人となってください
・世の円満なるリーダーとなるために、教えに邁進してください
・一度は死んだはずのこの命。自分が霊能者となって苑に恩返しをしなくては

と、この辺りの思考から導き出される、如苑信者の特徴的な思想は、第一に「悪いことが起きるのは因縁が切れていないからである」というものです。これはつまり、知人・友人・親類縁者に不幸なことが起きた時、その人に対して「アナタは真如苑に結ばれていないから、こういう目に遭ってしまうのだ」と決め付ける思考ルーチンです。類似の派生的考えとしては「真如苑に結ばれていれば、死に際も綺麗に迎えることができる」とか、「自分の世代で悪因縁を断ち切って、子供・子孫にそれを引き継がせない」などもあるでしょう。

それらを俯瞰的にみれば「真如苑に結ばれていれば、不幸なことが起きてもその原因(因縁)が判るし、それを断ち切れば因縁の恐ろしさから自らを救い出せる。接心修行を受けることができるのは、本当に幸運なことである」と、つまりは「それ(接心修行)を享受できな人たちと、それを享受できる真如苑信者とでは万事において違うのだ」という意識です。これが、選民意識の正体であると思います。

真如苑では、その取り組みを通した全てにおいて『選民意識』をくすぐられる仕組みがあります。
たとえば智流院を卒業したら貰う“教師バッジ”は、最初はその周囲が六角形になっていますが、霊位が向上すると円形になります。それは「教師になっても、最初は角がある。そして自らが向上することによって角がとれて丸くなるのです」などという理屈に基づいています。
その昔に存在していた歓喜委員制度もその一つと思われます。読経においても、一般信者と智流院生とでは読める範囲が変わってきます。また霊能者の間でもステータスがあり、霊位によってとれる接心の内容が変わってきます。

そのように、明確な差別を信者は形而下で捉え、自ら受ける差別を「それでもまだ、真如苑に結ばれている分だけ救われている」と、非真如苑信者に向けて自分の優位性を誇示するのかもしれません。

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