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反苑・往復書簡的寄稿ブログ

一闡提と谷居の二人による、「反苑の会」から派生した寄稿ブログです。(注:このブログは真如苑活動に対する過去の経験と、今後の自己防衛手段を考慮するためのものです。従って真如苑の活動を毀損・妨害する目的ではなく、また真如苑やその信者を追い込むこと、誹謗中傷することを目的とするものでもありません)

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選民意識へ持って行くための単純な思考

~一闡提~ 2010/11/13 07:05

新宗教と言われる宗教は「ここが一番」と表現される様に他宗教との差別化を図ります。
まず教義において、「法華経では救われないけれど大般涅槃経ならば救われる」と教団内で流布されている場合、涅槃経を経典としてない宗教では救われない「ここが一番」という思考に信者をさせます。
他に「双親様が一切を捨てて開いたから」「抜苦代受によって苦しみを受けてくれるから」「霊能によって現在、過去、未来が分かるから」など最後には「有り難い」「ここが一番」と思わせる単純な思考(思考停止)にさせます。
これらの根拠が曖昧であるにも関わらず何か良いと思い込まされてしまうためのプラスの選民意識がまず植え付けられます。
これに対して「新興宗教(新宗教)である」と迫害される可能性もあり、そうした社会からの冷たい目に対抗するための思考も用意されています。
「あの人の先祖が救われておらず、徳が少ないために有り難い教えを理解できない」「あの人は○○の新興宗教を信じているから徳が無い」「世の中の人は分かる人と分からない人がいる」などと考え、「教えを歩める自分は徳が高い」などとマイナスの選民意識も植え付けられます。
信者はプラス、マイナス両方の選民意識を植え付けられ、不幸の力によって教えにのめり込まされていきます。特に周囲の人が脱会させようとすると両方の選民意識が強力に働き、教えにのめり込む方向に思考が働いてしまうことがあります。これを「駄目スパイラル」という言葉で表現されることもあります。
これを防ぐことはできないのでしょうか。社会の病理がある以上、人が騙される要素は無くならないでしょう。しかし、因縁を切る方法があるとすれば、「因縁を切ると言いながら架空の霊、因縁を示し、教団組織に貢がざるを得ない状況にあるとき、その教義の欺瞞性に気づき二度と騙されないこと」が因縁を切ることなのです。

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