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反苑・往復書簡的寄稿ブログ

一闡提と谷居の二人による、「反苑の会」から派生した寄稿ブログです。(注:このブログは真如苑活動に対する過去の経験と、今後の自己防衛手段を考慮するためのものです。従って真如苑の活動を毀損・妨害する目的ではなく、また真如苑やその信者を追い込むこと、誹謗中傷することを目的とするものでもありません)

占いやアテモノではない?

宗教は、生きる事・死ぬことに直結した価値観だと私は思います。ですからそこに関わる問題が当事者を懸命に駆り立てるのは、必然なのでしょう。

一生涯貫くとか、覚悟とか、男なら潔くなど、真如苑信者は自らを鼓舞する言葉をもって、その活動のモチベーションにしているのかもしれません。
けれども根源的には、因縁に対する恐れを回避することや、幸せに手が届きそうな霊能者という立場の、そのための霊位向上など、負から逃れるためのエネルギーがあるように思います。それは、突き詰めて行くと自分自身がなによりも、そのような結果になっていたからに他なりません。

物事を慎重に進めるには、ネガティブチェックは重要です。失敗や事故はあくまでも人為的で、もしもそうなる前に、事前に気を回していれば、事前に用意していれば、大概は防げるものだからです。
失敗しない、他人に迷惑をかけない。相手のために物事を遂行するには、やはりネガティブチェックは欠かせないなのです。

占いとは、さながら人生のネガティブチェックのように私は思います。
この時期に、コレをやってはいけない。引っ越すならどこの方角がいい。結婚するならこんな人と。どっちの仕事が自分には向いている。
リスク回避、死なないため、お金儲けのため。その最良の選択とは、目の前にある輝いている方か、もしくは褪せていない方を選ぶだけの事です。

真如苑はそれを、目の前ではなく『真如霊界の目線』で見ているに過ぎません。つまり媒介を『霊』とした、ただの霊媒占いなのです。

み力とか修業の厳しさとか、そういう覚悟だとか一生涯貫く姿勢などの言葉で信者を鼓舞し、霊媒占いを与えているに過ぎないと私には思えるです。
<谷居>

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コメント


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経親や導き親から自分の両親や姉妹を所属にするようにと言われるまま、それに従っていると気づかぬうちに智流院入行に必要な実績が整っていました。しかし、言われるまま動いていたけれど、何一つ真如苑の根本を密教という名のもとに片付けられ、分からぬまま、智流院の講師から『皆さんは智流院に入ったのだから、もう一般教徒ではありません。真如苑を背負っていく幹部なのです。円満な指導者になっていくように』と言われた時は物凄い違和感と、エッ!何も知らんのにいきなり幹部かよ!?という戸惑いを感じたのを今でも覚えています。
智流院も自分が望んで入った訳でもなかったので尚更です。経親達からは智流院入行と共に『もう初信じゃない』とハードルをいきなりあげられ突き放され、モラハラの言動を受けるようになったのも戸惑いでした。
ある猛烈な信者に『初信かその域を越えたかの線引きはどこなの?』と尋ねたら、智流院入行、会座参座が目安と言っていました。
また『真如苑は先祖供養を売りにしているけど、先祖が成仏したというのはどうやって知るのか?』と尋ねた事もあります。
その時は、『親戚皆で真如苑の教えを歩んでいて、接心で一度も示された事がなかったから、成仏できているんじゃないのかな。』と何とも曖昧で掴み所のない返答で当時の私は『その程度のものなの?』と物足りなく感じたものです。

はるママ | URL | 2013-11-25(Mon)22:54 [編集]


本当に彼らの言うように霊能が得れるのなら、上の人間は下の人間の成長度合いを勧誘数ではなく、霊能によって測れる筈です。
密教というわりには、典型的なそのあたりにあるような新興宗教と名刺が違うだけでやっていることはそれほど変わらず、本当に仏教で密教であるなら、他の本来の仏教、密教と比較して同じものだと言い切れないはずです。
実際に彼ら信徒自身の行動そのものが、世間一般の観点からしたらおかしい状態にあるのですが、苑や上の信徒は霊能、利他の教え、唯一の教えという、いわばプレミアム感を持たせることで誤魔化しているに他なりません。

緋色 | URL | 2013-11-26(Tue)19:23 [編集]


接心は只単なる占いや当て物ではないんですよね。このブログでもその他の方のブログにも何度も取り上げられている様に、信者をマインドコントロールしていく上で重要な手法なんですね。今なら、良く分かります。信者時代、経親ら指導者から、向上接心の間、霊能者から尋ねられたら、余分な私語を慎み尋ねられた事にだけ、ちゃんと答えるように。こちらからアレコレ質問してはいけない。接心の霊言をそのままにせずに、経親に上求菩提するように言われます。初信の頃、接心の輪の中に座った時に目を開いてキョロキョロ様子を観察していると、接心指導の霊能者がツカツカと慌てて来て、目を閉じるように言われました。接心も毎回、質問してくるし、その回答によって、以下に三つの歩みの実践に結びつけるような指導でした。ホントにツボさえ抑えれば、誰でも霊能者になれると思います。最も、人を不幸に巻き込むような事の片棒を担ぎたくないので、絶対になりたくないですけどね。

はるママ | URL | 2013-11-29(Fri)09:20 [編集]


接心はコールドリーディング、上求菩提による指導はホットリーディングです。それは騙される本人の裏情報を知っているかいないかの違いでしょう。
私が教えの欺瞞に気づきつつあるときに、霊能者は善意か悪意か、とよく考えたものでした。
悪意で信者を教えの罠に陥れるとしても、その代償や報いは何なのか。
教えの欺瞞の構図を経験者が語る事や、体制を少しずつ変えたとしても、変わらぬ勧誘第一義の教義による弊害がネットで質問されることでも知られていくのでしょう。

一闡提 | URL | 2013-11-29(Fri)12:04 [編集]


悪意で行った場合、代償はないでしょう。
相手がそれを信じて勝手にやっただけですから。
となると、代償があるとすれば当人の罪の意識や良識なのかもしれませんが、悪意でやる人はそれも気づかないでしょう。
信仰と言う免罪符があるわけですから。

接心も勧誘も、相手の人生に責任を取れないのです。
当人の判断とは言っても、悩みがあるからこそ縋り、あてにしているわけですから。

緋色 | URL | 2013-11-29(Fri)14:46 [編集]


悪意の教えの下、マインドコントロールされた信者が排出されます。
それら信者が気づくためには、周囲の人が勧誘手法に気づくことによって勧誘されないことで、救いに対して負担が大きくなる事しかないかも知れません。

一闡提 | URL | 2013-11-29(Fri)19:09 [編集]


勧誘しようにも今はネットがあります。
いくら誹謗中傷とアンチのいう事を否定しても、現実は杜撰な入信手続のシステムがあるわけです。
過剰な信仰をもち、過剰な勧誘をする信徒がいるわけです。
新興宗教では無い、救いの力が云々と言ったところで、アンチの言う理屈の方が筋が通っているのです。
信徒はどうせ、何が誹謗中傷なのか指摘はできません。
それなのに誹謗中傷だと言い、とにかく行けば判ると書きます。
そのロジックこそが警戒されることにも気がつかないようです。

緋色 | URL | 2013-12-02(Mon)11:06 [編集]


地下鉄サリン事件が起きた当時、学生だった私は、オウム真理教の教祖や信者達が、テレビで事件の事で責められた時に『宗教弾圧だ』と言っていたのを見て、事件の責任の追及をされ、何でその事が宗教弾圧に繋がるのか全く理解出来ず、マインドコントロールって怖いなぁと感じたものです。その時は、後に自分が真如苑という新興宗教でマインドコントロールされるとは露にも思いませんでしたが。
オウム真理教とは程度の差はありますが、無断入信や過剰な信仰に基づく信者非信者間のトラブル発生について追及すると、誹謗中傷だという本質は同じであると思います。

はるママ | URL | 2013-12-03(Tue)10:36 [編集]


地下鉄サリン事件を機に真如苑では「そのような新興宗教とは違う。」と差別化にも利用していました。そして、あるプルーフで教祖一家の夢を見て寝過ごしてしまい、電車を一本遅らせたら地下鉄サリン事件に遭わないですんだ。」という内容のものもありました。
「この教えだけは違う。」という視点を信者に植え付けようとしていますが、「他の新興宗教と手口が共通している。」と思われることが教団にとって都合が悪いのでしょう。

一闡提 | URL | 2013-12-03(Tue)12:31 [編集]


信徒は一度、他新興宗教団体の被害サイトを読んでみれば良いのです。
苑のアンチが言うことと実は殆ど変らず、被害例として書かれている内容は名詞を変えれば殆ど自分達信徒が信じる内容と変わらないことに気がつくはずです。

何故、批判されているのか、誹謗中傷で短絡せずに考えることが必要だと思うのです。

緋色 | URL | 2013-12-03(Tue)13:02 [編集]