反苑・往復書簡的寄稿ブログ

一闡提と谷居の二人による、「反苑の会」から派生した寄稿ブログです。(注:このブログは真如苑活動に対する過去の経験と、今後の自己防衛手段を考慮するためのものです。従って真如苑の活動を毀損・妨害する目的ではなく、また真如苑やその信者を追い込むこと、誹謗中傷することを目的とするものでもありません)

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インターネットで批判される事自体どうか?

真如苑の教えは醍醐寺という伝統仏教に繋がっているので、伝統仏教のように威厳があると言われます。
そして、誹謗中傷のように批判されるのは正しい教えの定めであるかのように、釘を刺します。批判されるのが必然のようです。
それなのに信者は教えの示す、ネズミ講のようだけれど人を救う行為をすることで救われると被勧誘者に示します。
なぜこの様な教えが蔓延ってしまうのでしょうか?実働信者が20万人か30万人ならば、蔓延っていると言えないかも知れません。
教えの活動が潜在化しているので、マインドコントロールされた信者への情報操作や印象操作は容易かも知れません。しかしそうなる前の情報提供によって騙される前に思い止まる人がいるかも知れません。
その様な可能性を教え関係者は阻止しようとするでしょう。しかし、気づく人は気づくのです。〈一闡提〉

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コメント


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信徒の中には「正しいからこそ批判される、ブッダだってそうだった。」と恥知らずに書きます。
彼らは「醍醐寺に繋がっている正統な法流」と書きます。
しかし、仮に本当に醍醐寺に繋がり、経典も大日経で大日如来を使っていたとしても、現状の勧誘の構造、杜撰な入信手続、霊言なんてやってれば同じようにように批判されるはずです。
彼らは問題を意図的かどうかはわかりませんが、捻じ曲げすり替えます。
AはBですか?
と聞いているのに
CはDなんです。
と答えます。
Bなんて言うな。
DはEだと言い張ります。

まともな問答すらできません。
書き方が悪いかもしれませんが、まともな状態だとは思えません。

緋色 | URL | 2014-05-12(Mon)09:12 [編集]


「接心はコールドリーディングである。」と言えば、「言葉だけがひとり歩きしている。」と言い、「批判者の国語力がない。」と展開する。ネットだと言葉が汚いですが、教団施設内で信徒向けには言葉柔らかく教えの実態が分からぬように言葉を並べ立てて教えの目的を信者をして果たそうとします。
今後も噴出する疑問に対するそうしたやり取りの信者側からの手法の違いに着目してみると、情報の整理がしやすいでしょう。
意図的に曲げられた情報を見抜くには、様々な事例の中の悪意を見つける事が大事です。

一闡提 | URL | 2014-05-13(Tue)04:55 [編集]


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