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反苑・往復書簡的寄稿ブログ

一闡提と谷居の二人による、「反苑の会」から派生した寄稿ブログです。(注:このブログは真如苑活動に対する過去の経験と、今後の自己防衛手段を考慮するためのものです。従って真如苑の活動を毀損・妨害する目的ではなく、また真如苑やその信者を追い込むこと、誹謗中傷することを目的とするものでもありません)

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真如苑の教えはご利益信仰では無いか

真如苑について、そのご利益が前面に出されますが、勧誘時には仏教の修行です。
しかし、法要時に般若心経を唱えたかと思いきや、目をつむり、法要を終えて目を開けると、伊藤家の人々の胸像や肖像画が目に飛び込んできます。しかも、目をつむった後ですから、知覚のコントラストによって、後光が差して見えるかも知れません。
双親さま、両童子さまを祈るところ、大きなお力が流れてきますが、そこにはもう、真如霊界や抜苦代受などの真如苑独自の力しかありません。
真如苑がご利益信仰ではない理由の一つに、「他が為の教え」であることが言われます。それは、人の為に行うことで、その結果お力が流れるので、ご利益信仰ではない、という解釈となります。
他を救う、とは「人を勧誘すること」というのは置いておいて、真如苑のお力に、正しく修行ができるための障害を取り除くためにすがることは、ご利益信仰ではない、とされます。霊、因縁によって病気、人間関係などに縛られていては、正しく修行ができません。だから、修行して供養したり浄めたりすることは、ご利益信仰ではないとされます。
そのくせ、他宗教の神仏に頼ると「返せ!返せ!」と代償を求められ、因縁となってしまいます。ご先祖様が他の信仰をしていて、因縁となった例は沢山示されていると思われます。
ここでご利益信仰を考えるに、真如苑は本当にご利益信仰ではないのでしょうか。他宗教とは違う、代償を求められないお力が頂ける宗教と言っています。「感謝ですよ。報謝ですよ。」と大きな法要では「感謝」と書かれた集金袋が並べられながら。〈一闡提〉

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