反苑・往復書簡的寄稿ブログ

一闡提と谷居の二人による、「反苑の会」から派生した寄稿ブログです。(注:このブログは真如苑活動に対する過去の経験と、今後の自己防衛手段を考慮するためのものです。従って真如苑の活動を毀損・妨害する目的ではなく、また真如苑やその信者を追い込むこと、誹謗中傷することを目的とするものでもありません)

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真如苑信者が平気で嘘をつき、人を欺く様になるのは

真如苑の信者は、教えの示す言葉は絶対であるとして、その言葉に従います。人生の転機をはじめとした選択を、霊言に示され、二者択一的判断ならば、「暗いものが示される。」などの様に示されれば、断念します。それは、暗いものが示されただけで、判断したのは信者本人となります。
その様なものに頼るのは、信者の判断力不足にも影響します。判断力を教えが補ってくれるのは、楽なことです。信者は「宗教を信じ続けるのは心が強いから。」と言うでしょう。
首をかしげるような霊言でも、曖昧なことを示されて、信者が連想したことを「そうですよ。」と当たったかのように言う教えを批判されると、信者は自らを批判されることになります。
洗脳され、教えを信じなくなったらどうなるかわからないと思わされている信者が、ただひたすら教えを信じ、勧誘第一の教えを実践するには、平気で嘘もつかなければならなくなります。
教え歴が長くても、判断力が向上するわけではありません。あるときは虚勢を張ってでも教えを信じていることを主張しなければなりません。潜伏してただひたすら信じるのが楽なのですが、教えはそれでは許してくれないのです。〈一闡提〉

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コメント


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むしろ、判断力は低下すると思います。
依存し、判断はある程度出されるわけですから。

緋色 | URL | 2014-12-16(Tue)09:49 [編集]


人目が気になり、人の感情の変化によるその場限りの言動に翻弄されやすい人は、騙されやすいでしょう。
霊言に振り回され、経親や導き親の解釈に翻弄されて、教え通りに行動する人はある意味、自分で判断しなくて済むので、楽な一面があるでしょう。
しかし、元々教えに嵌まる人は、自分の不幸を教えに示される霊、因縁のせいにできる、つまり投影できるから楽なのです。
そのありがたい教えを否定してしまうと、その投影が批判者に向けられてしまうことがあります。

一闡提 | URL | 2014-12-16(Tue)12:47 [編集]


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| | 2014-12-31(Wed)16:45 [編集]


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