反苑・往復書簡的寄稿ブログ

一闡提と谷居の二人による、「反苑の会」から派生した寄稿ブログです。(注:このブログは真如苑活動に対する過去の経験と、今後の自己防衛手段を考慮するためのものです。従って真如苑の活動を毀損・妨害する目的ではなく、また真如苑やその信者を追い込むこと、誹謗中傷することを目的とするものでもありません)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

真如苑信者の善悪

善悪とは、その人にとって望ましいか否かである。
N君が思うに、信者と一般人との軋轢となる原因は、信者にとっての善悪が時にはえげつなく、時には秘密裏に遂行されるからである。
信者にとって人が教えを信じるのが善で、信じないのが悪である。更に否定するのは極悪である。
そこに信教の自由が介在することなく、人によっては邪教と思える教えを押しつけ続ける信者の加害行為は、ネット検索すれば教えのことを初めて知る人に恐怖心さえ与える。
N君は、そろそろ信者にとっての善と悪、行動パターン、手口が知れてきたと思うので、冷静に対処できる人が増えれば、更に信者の水ぶくれ状態が進行すると思える。
N君が信者時代の経親の話で、「10人導いて歩むのは1人か2人か。」と漏らしたのを基に考えてみる。これだけ無断入信を言われる団体で、平均1人無断入信をしているならば、実信者数は半分になる。2人なら3分の2が架空信者ということになる。宗教統計を見て、この教団だけが伸びていると言っても、信者が善として行動することが、その信憑性を下げているのではないか。
N君は思考停止しながら、追い詰められた人のような言葉を発する信者を見て思うのだった。〈一闡提〉

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。