反苑・往復書簡的寄稿ブログ

一闡提と谷居の二人による、「反苑の会」から派生した寄稿ブログです。(注:このブログは真如苑活動に対する過去の経験と、今後の自己防衛手段を考慮するためのものです。従って真如苑の活動を毀損・妨害する目的ではなく、また真如苑やその信者を追い込むこと、誹謗中傷することを目的とするものでもありません)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

次は『知恵』につけこまれないだろうか、という懸念

ネットに書かれていることは誹謗中傷。
この言葉を持ってして信者を騙し続けるには、今のネットインフラ社会においてはそろそろ限界が来ているように思います。
傍目でそう感じているのですから、真如苑自身もそれは恐らく感じていることでしょう。

ですから、次のステップとして「誹謗中傷」に変わる詭弁が必要となってくるのだろうと思います。

ウィキぺディア、知恵袋、被害者ブログ、etc。
それらは総括して「知識」となるものでしょう。
勿論ネットの情報ですから玉石混合です。玉石の「石」を指して『誹謗中傷』と言えば、何となくそのロジックは成立するように思います。
ところが、「玉」の部分もあるわけです。

今はサイトが縮小してしまった反苑の会、緋色さんをはじめとする被害者ブログ、yahoo知恵袋への真摯な書き込み、反真如苑的用語解説など、単に「誹謗中傷」では括る事のできない珠玉のサイトと情報があるのです。


そこで、そうした情報に対して真如苑も何らかの対策を講じなければ、自らの虚偽性がどんどんと露呈されてしまい、新たな信者獲得が難しくなります。
そうした状況を打破するキーワードの一つが「知恵」だと私個人としては思うのです。

受け売りの知識ではなく、御仏様本位の「知恵」の眼(まなこ)で物事を見てください。
真如苑に苦しめられたと言っている人たちの言葉は、一つの角度からしか物事をとらえていないのです。
知恵をもって物事を冷静に見つめなおしてみれば、反苑の言葉が「知恵の足りない言葉」だと気づくはずですよ。

と、そんな風に真如苑が言うのではないでしょうか。

知識を「理屈」に言い換えてしまえば、知恵とは「真実」と捉えることができるように思えます。
けれども、真実ならば人の数だけ存在します。
本当に見つめるべきことは「真実」ではなくて「事実」なのです。

苦しんでいる人がいるという事実。
苦しめられている人がいるという事実。
今もって、無断で入信させられているという事実。

それらの事実の、どれか一つでも充分なのです。
なぜ苦しめられる人がいるのか。
なぜ苦しむ人がいるのか。
なぜ無断入信がまかり通るのか。

その理由の答えを真摯に回答する時には、真如苑の詭弁は無慈悲で、思いやりがなく、自分本位なのだと判るはずです。

どこまでも続くであろう真如苑の詭弁が、ネット社会にどのように対応していくのか。
それは今後も冷静に見つめ続ける必要があると私は思います。
<谷居>

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

それか逆に
教えを理解していない、できない人たちの逆恨み路線を強調してくる可能性もあると思います。

緋色 | URL | 2015-10-02(Fri)14:37 [編集]


智恵は教えをどこまでも信じてただひたすら歩むことで得られるという、言わば思考停止のスタンスでないとこの教えは成り立たないと思います。
教えをただひたすら信じていれば皆が救われるかのような共通認識のような私的論理を信者に植えつけて、勧誘して信者を増やすことが最高の取り組みであるという私的論理を信者に気づかせないようにすることが教えの要です。
そうした教えに都合の良い智恵を指導者が担っていましたが、指導者が代わり、その言動のおかしさに教えの私的論理に注目してしまう人が現れていることも特徴です。
教えの人の心理を突く智恵を、勧誘された人がその手口に対処する方法を学んで智恵をつけて対抗できるだけの情報はネットに蓄積し続けていると思います。

一闡提 | URL | 2015-10-03(Sat)06:49 [編集]


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。